「高脂血症治療 update」

北海道医療大学 医療科学センター 辻 昌宏教授  

 

平成15年10月20日原稿受領、11月2日掲載 

以下の文章および図の著作権は辻 昌広先生にありますので禁無断転載となります。

はじめに

 高脂血症を治療する目的は、動脈硬化の進展を阻止し、その一部を改善させることである。総コレステロールあるいはLDLコレステロールと動脈硬化性疾患との関連は、古くから多くの調査で明らかである。

脂肪酸を持つコレステロール・エステルやトリグリセライドは、脂であるため血液には溶けない。その溶けない脂を水になじませる"器"がリポ蛋白である。血液中の6種類のリポ蛋白のうち、コレステロール含量がもっとも多いものがLDLであるため、LDLがいわゆる悪玉とされている。コレステロールは、細胞膜を作るために必須な構成成分である。またステロイドホルモンや胆汁酸の原料でもある。しかし成長期を過ぎた成人に必要なコレステロール量は、LDLコレステロールにして20〜40mg/dlであると考えられる。成長に必須なコレステロールは、体内に入るとほとんど排出されないため、使われないコレステロールは動脈壁に堆積することとなる。

LDLは本当に悪玉?

 動脈硬化を起こすもう一つの主役は、動脈壁のマクロファージである。マクロファージが取り込むLDLは、本来のLDLではなく、酸化変性したLDLである。LDLが変性されやすい環境としていろいろある中で、最も一般的な状況が、糖尿病と高トリグリセライド血症である。糖尿病では酸化ストレスが亢進しているだけでなく、酸化抑制機構(SODなど)の低下も相まっていっそうLDLの酸化がおこると考えられる。高TG血症では、後述するコレステリール・エステル転送蛋白(CETP)の働きでLDLが小型化したSmall Dense LDLが形成される(Fig.1)。Small Dense LDLは、LDL受容体との親和性が低いため血中に停滞し酸化されやすいリポ蛋白である。

Fig.1

LDLの低下が一番

 動脈硬化性疾患を発症した患者に対しての治療としては、LDLを低下させることは最も有効な治療手段である。このことは、最近の多くの大規模介入試験で次々と明らかになってきた(Fig.2)。

Fig.2

しかしコレステロールが高い人がすべて動脈硬化性疾患を発病するわけではない。特に高コレステロール血症がつい30年前までは稀な疾患であった日本人では、総コレステロールの動脈硬化性疾患発症予知指標としての価値は低い(Fig.3)。

Fig.3

脂質3項目(総コレステロール、TG、HDLch)の中では、HDLchの低値が一番動脈硬化性疾患発症予知には優れている(Fig.4,5)。

Fig.4

Fig.5

CETPとは

 高TG血症と低HDLch血症との関連で注目されているのが、CETPである。

もともとCETPの話題は、日本人で多く発見された高HDLch血症の原因としてCETP欠損症が注目されたのが始まりである。しかしCETPはそれのみではなく、各リポ蛋白間のTGとコレステロール・エステルの濃度勾配を均一にするように作用している蛋白である。

インスリン抵抗性症候群における脂質異常

 インスリン抵抗性症候群の定義は「生理的なインスリン濃度では、インスリンの本来の作用が発揮されない」ことである。インスリンの本来の作用とは、筋肉・肝臓・脂肪細胞におけるエネルギーの蓄積である(Fig.6)。

Fig.6

筋肉・肝臓においてはグリコーゲンとして蓄えられ、脂肪細胞においては脂肪酸としてエネルギーが蓄積される。筋肉や肝臓のグリコーゲンとしての蓄積キャパシティーはわずかである。筋肉には約1日分、肝臓でも数日分のエネルギーしか蓄積することは出来ない。それを超えた余剰なカロリーはすべて脂肪酸として脂肪細胞に蓄えられることになる。つまりインスリン抵抗性症候群とは、脂肪細胞がそれ以上エネルギーを蓄積出来ない状態と解釈される。

インスリン抵抗性症候群における脂質代謝異常は、高トリグリセライド血症、低HDLch血症とSmall Dense LDLの出現の3つがその特徴である(Fig.7)。

Fig.7

CETPが高TG血症とLDLの変質との仲を取り持つ

インスリン抵抗性症候群においては、脂肪細胞が脂肪酸を細胞内に蓄えることが出来なくなり、門脈を介して遊離脂肪酸を肝臓に過剰供給する(Fig.8)。

Fig.8

肝臓においてもインスリン抵抗性は存在し、過剰な遊離脂肪酸はTGの合成を促進し、VLDLとして血中に分泌される。その際に分泌されるVLDLは、通常のVLDLより粒子サイズが大きく、トリグリセライドを多く含有しさらにアポC-IIIが多く分布している。アポC-IIIは、アポB-100やアポEのLDL受容体親和性を阻害し、またアポC-IIのリポ蛋白リパーゼ(LPL)に対する親和性を阻害することが知られ、こうしたVLDLは血中に長く存在することになり、トリグリセライド値が上昇する。トリグリセライドを多く含有するVLDLが血中に長く存在すると、CETPの働きでVLDL中のトリグリセライドとLDL中のコレステロール・エステルの交換が起こる。通常LDLはVLDLの最終代謝産物であるが、CETPを介してLDLにトリグリセライドが負荷されると、LDLはLPLや肝性リパーゼの水解を受け小型化する。これがSmall Dense LDLの成り立ちである。

同時にVLDLとHDLとの間でもCETPを介したコレステロール・エステルとトリグリセライドとの交換がおき、HDLの代謝が亢進してHDLは小型化する。HDLはもともと粒子サイズの小さなリポ蛋白であるが、さらに小型化するとリポ蛋白の表面に保有していたアポA-IがHDLから離れ、アポA-Iの腎からの排出がおこる。アポA-Iの減少は新たなHDLの産生にマイナスに作用し、HDLの減少がもたらされる。こうして脂肪細胞のインスリン抵抗性から始まる一連の脂肪酸の流れにより、高TG血症・低HDLch血症・Small Dense LDLの出現が引き起こされる。

低HDLch血症の意味するものは?

HDLの抗動脈硬化作用としては、マクロファージからのコレステロールの引き抜きとその肝臓への運搬(コレステロール逆転送系)が有名であるが、他にもLDLの酸化抑制作用(HDL中のparaoxonase1による)、また内皮細胞での接着因子の発現抑制などの作用も報告されている。

最近我々は、ATP binding cassette-1 transporter gene(ABCA1)の欠損による低HDLch血症を経験した。この患者のHDLchは3〜5mg/dlと極端な低値を示していた。ABCA1は、マクロファージからフリーコレステロールを引き抜く際の重要なタンパク質であり、この欠損は通常のコレステロール逆転送系が全く機能していないことを示している。しかしこの症例の冠動脈造影では冠動脈の狭窄はごく軽度であった。このことは、我々がHDLの機能として最も重要と認識しているコレステロール逆転送が生来欠損していても、必ずしも著しい動脈硬化は起きないことを示唆している。

我々は、高校生の双生児の調査を行いHDLchには遺伝的な因子が強く関与していることを報告した(Fig.9)。

Fig.9

生活環境が同じであれば遺伝的に全く相同の一卵性双生児のHDLch値は、ほとんど同じ値を示したのに対し、同じ兄弟であっても遺伝子の異なる二卵性双生児ではHDLch値にばらつきが生じていた。しかし、一卵性双生児の兄弟でも、その後生活環境の違いにより、年々兄弟間のHDLch値の差が広がってゆくことが観察された(Fig.10)。

Fig.10

つまりHDLch値は本来遺伝的に規定されているものであるが、その後の環境の変化により大きく変動することが示されたことになる。HDLch値に影響を及ぼす因子としては、高TG血症、糖尿病、肥満、喫煙、運動不足などが知られている。これらの因子は動脈硬化の危険因子として重要なものばかりである。

HDLchの低値は、それのみが動脈硬化の危険因子であるというよりは、むしろ多くの動脈硬化危険因子を反映する指標として重要であると考えられる。つまり「HDLchは低いことがリスクではなく、低くなったことがリスクである」と考えるべきではないだろうか。

動脈硬化の指標として何が重要か?

前述したように動脈硬化の原因が、コレステロールの蓄積であることは、明らかではあるが、動脈硬化を起こすか否かの判定には、総コレステロールおよびLDLchだけでは困難である。それにTGやHDLchを加味することで診断精度は上昇するが、やはりそれ以外の動脈硬化の指標が必要と考えられる。そうした中で、現在最も有用と考えられる指標は高感度CRPである。種々の報告から高感度CRPの持続的な高値は、現在動脈硬化が進展している可能性を示唆していることが知られている。また、コレステロールの低下が高感度CRPの低下をもたらすことも報告されている(Fig.11)。

Fig.11

虚血性心疾患の頻度が欧米に比して少ない我が国においては、高コレステロール血症治療はよりハイリスクな患者に的をしぼることが必要であろう。さらにそうしたハイリスクな患者に対しては、より厳密な脂質管理が重要である。最近発表されたASCOT Studyによれば、ハイリスク患者に対する厳格な脂質管理によるメリットは、治療開始時のコレステロール値にかかわらず同じであった。このことは、ハイリスク患者においてはコレステロール値の如何に関わらず厳格な脂質低下療法が効果を発揮するということである。このような治療法の導入に当たっては、患者にとっても医療者にとっても十分に説得力のある検査データが必要となる。動脈硬化治療における脂質低下療法の意義は、ハイリスクな患者を適切に診断し、必要な期間厳格に脂質を低下させることにあるといえる。言い換えると、単にコレステロールが高いからとの理由で安易に適度のコレステロール低下療法を行うことは、少なくとも現代の本邦においては、意義の少ない治療といえるであろう。

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